社会

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守誠先生を訪ねる

守誠先生は、私が所属する名古屋市立大学22世紀研究所の副所長として国際関係学の研究を続けておられる。それだけでなく、現在もミリオンセラーを生み出している作家として名高い。守先生は長年、わが国を代表する商社の一つに勤務された。在職中には、ベストセラーとなった「華麗なる窓際族」を出版されているので、ご存知の方も多いだろう。

久しぶりにお話を伺って驚いた。82歳になられるのに、前向きな生き方が25年前と何ら変わっておられない。次の研究と著作の準備も進んでいると聞いて驚く。自分も負けてはおれない。お手本にさせていただきたいものだ。

著書を手に守先生
最初の著書
サンリオ本
ベストセラー
机にあふれる著作
著書は大きな新聞広告に
50冊以上の著書

吉野へ花見に

吉野山は冷たい雨だった。しかし沿道は、肩を触れ合うほど込み合っている。3時間の滞在であったが、試食と試飲だけで十分満足となった。西行庵へ行くのは次の機会にする。

干しイモは好物だ
さすがの千本桜
時々お世話になる陀羅尼助
新世界の路地裏だ
試飲で熱くなった濁り酒

休日のランチ

近くのベーカリーU-beへ行く。オーガニック野菜がたっぷりだ。メリハリの利いた味付けで、なかなかいける。

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休日の朝食

大好きなパパイアだ。レモンをたっぷりとくぼみに貯める。たまらないメキシコ風の食べ方だ。

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横浜に行けば立ち寄る刀削麺

中華街の杜記

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亀岡の、みずのき美術館を訪問した。

楽々荘で待ち受けていたのは、とんでもなく面白い人との出会いだったが、その話はまたの機会にしよう。
旅館を出た後、すぐ近くのみずのき美術館を訪問した。商店街をゆっくりと通るが、どこに美術館があるのかわからない。パーキングに止めて、歩いて探しに行く。商店街の散髪屋のとなりに、控えめな看板を見つけた。隣の民家らしい建物に、みずのき美術館と書いてある。
一階には木造の小舟が展示されている。5mほどの小舟は、保津川のあゆ舟を復原したものらしい。舟はアメリカ人の船大工、ダグラス・ブルックスさんが、見習いの日本人とともに建造したとのことだ。建造中のビデオが館内で放映されているので、構造や工法がよくわかる。工法は和船と同じく、船釘を使ったはぎ合わせとなっている。平底なのは川を航行するので、喫水を浅くする必要があったためだろう。
現在保津川下りに使われている舟は、FRP製であるが、このあゆ舟と同じと言っていいほどの類似した船型を持っている。保津川はかって、木材、炭や薪、農産物を京都へ供給していた流通路の一つだった。保津川下りをしてみて、実感することが出来た。川の水量に応じた航路が、昔から川の中で決まっているようだ。途中に現れる目立つ石には名前をつけて、航行の目安としている。嵐山まで下り、帰りは川辺の石の上に設けた細道を伝って、引いて戻ったとのことである。
近代までの輸送機関は船舶であった。保津川下りの舟でさえも、24人の積載量である1.2トンを搬送できる。馬は80kgがせいぜいだから、小舟でも15倍の貨物を運搬できる。舟は積み下しのために、港を必要とする。港は人が集散する場所だ。
それが中世、近世において港町亀岡を形成してきたのではないだろうか。

 

外板は船釘で止めている
ようやく見つけたみずのき美術館
復元されたあゆ船
ダグラス・ブルックスさん
平底で喫水を浅くしている
散髪屋のとなりの町屋が美術館

保津川下りに行って、面白い人と出会う

休日に京都の亀岡へ初めて行く。保津川下りを楽しむためだ。あいにく川の水量は少ないとのことだが、いたるところに急流が待ち構えている。両舷に岩肌が迫るので、ひやりとする。乗せてもらっているだけで、自分では操縦の余地がないから、かえって恐ろしく感じるのだろう。
推進力は竹竿が一人に、櫂が一人だ。櫂はねりがいと同じ形状で、持ち手はT型になっている。ガンネルに棕櫚縄で巻きつけた櫂を、オールの動きで力いっぱい漕いでいる。摩擦で焼け付く棕櫚縄に、時折水をかけている。艇速を水流より速く保たないと、梶が効かないからだ。水流に乗せているだけでは、岩に激突する。岩角には10㎝ほどに迫るが、実に巧みな梶さばきだ。ヘルムスマンは大きなねりがいで、梶を取っている。

嵐山へ到着した。ソフトクリームを食べ、帰りはトロッコ電車だ。亀岡へ戻り、今日の宿泊先の旅館、楽々荘へ向かう。そこで待ち受けていたのは、想像もできない面白い人との出会いだった。

保津川へ乗り出す
ラフティングも気持ちよさそう
ヘルムスマン
竿を力いっぱいさす
迫る岩肌
急流の中でさらに漕ぐ
櫂を固定する棕櫚縄