ヨットZen15・ディンギー

海で生き残る条件(5)

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ヨットを自作建造する海外日本人  横山 晃 月刊舵誌1984年2月号

海で生き残るには、物量に頼るのと、人間の野性に頼る、という両極端が考えられるけれど、 野性主義の方が、物量主義よりもスポーツにふさわしい。
とりわけディンギーの場合は、フネ自体も乗り方も、物量主義とは逆向きなのだ。それでもなお、実際に「生き残る」というテーマを語る時には、
Ⓐ 海へ出ないで池のような平水面だけで乗る
Ⓑ 周到な監視、救助システム完備という幼稚園方式
Ⓒ そして、「野生に頼る」という方式もある
・・・などと、3つを同時に考えることはそれほどなく、たいていはⒶⒷ の2つだけとか、Ⓐ だ け、Ⓑ だけ、などという短絡思考の人々が多い。
だが、もしも、Ⓐ を採って自分の行動範囲を狭めていったら、最後には屋内スポーツ以外に は手を出せなくなるだろう。またⒷ方式には、「過保護と干渉過多のために人間性がスポイルさ れる」という問題がある上に、「上手の手から水が洩る」という格言のとおりに、僅かな不注意 や思いがけない暴走者の出現で、事故の出現を防ぐことはできない。ところがⒸ 方式ならば、すべての責任は当人に在るので、管理者や政府には、一切の費用も努力も必要がなく、その割に事故は起こらない。
その最も無難なⒸ 方式は、もしも成功すればスーパーマン的なシーマンが誕生して、レース にもクルージングにも活躍が期待できるし、そのスーパーマンは海で生き残れるだけでなくて、 「山岳でも雪中でも都会でも生き残れる」というサバイバルの名人になることも期待できる。
だから、ディンギーの帆走は冒険行為であり、しかもすべての大型ヨットを扱う基本であると いうことを否定せずに、野性復活に向かって第一歩から踏み込んで行くのが正解、であって「長時間帆走というトレーニングが、唯一無二の練習法である。

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チンしない帆走法
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「長時会が間帆走」は早朝とか日暮れとか、誰もいない海で行動する機多い。その上、春夏秋冬のオール・シーズンを通じて行なうのだから、突風などのシケに出遇う確率は、短時間セーラ ーの10倍もあるはずだ。
なおその上に、ディンギーで、しかも1人で操船、という悪条件が重なるのだから、普通のヨ ットマンの10倍遭難したって、不思議ではない。
だから、最初の第一歩から必要なのは、チンしない帆走法の4ヵ条である。
①その第1条は、フネの選択である。すなわち、先天的に粘り腰の、チンし難いフネ。そのフネ はジブなしでも完璧に走れること。メインセールは帆走しながら短時間にリーフ(縮帆)でき ること。何回でもリーフの追加が可能なこと。そして最後には、フルメインの1/2 以下、ジブ 付きの1/3 以下までリーフできること。などなど、前々号(12 月)の記事を、もう―度読ん でほしい。

②気象予報は少なくとも1~2時間先まで99%の正確さで予報するつもりで、早急に腕を磨く こと--その詳細は前号(1月)を復習すること--

③初級の練習500~1000 時間は、常に1時間以内に避難港へ確実に入港できる条件の範囲で練習 すること(そのためには、避難港の港口付近の海況と潮流と海流などを、確実に調査しておく こと)などなど、1月号を復習する。

④フル・ハイクは10 秒以上続けないこと。

以上の4ヵ条が完全に守られるなら、どんなに悪い状況でも、チンせずに帆走できる。 そ の4番目の「フル・ハイクは10 秒以内」という項は、聞き慣れない人が多いはずなので詳し く説明すれば・・・

㋑常時は必ずコクピット内に座し、ジブシートもメインシートもワンタッチ・クリートに止め ておくこと。(私はディンギーに乗っても、フル・ハイクの5秒間以外は、サイドデッキに腰 掛けなかった。また、私が愛用したクリートは自作の木製で、カムクリートやクラムクリー トよりも素早く一瞬で操作でき、闇夜でも無灯火で一瞬に操作できた)コクピット内の定位置からフル・ハイクまで、1秒以内(なるべく0.5 秒)で、素早く移動する動作を、日常か ら充分に練習しておくこと・・・それは、1秒以内に、フネの復元力モーメントを2倍以上に 「増大する、という唯一無二のテクニックなのだから、何十回でも、何百回でも、何千回で も、できるようになるまで、練習しておく必要があるのだ--。

㋺フル・ハイクと同時にティラーを操作して、セールを少しラフ・アップして、風を適度に逃がす練習も、機会あるごとこ行なう。(風を逃がすためのシート操作は、やってはイケナイ)しかも、殴りつけるように強烈なブローを喰いながらも、その風力増加傾向に合わせてフル・ ハイクとラフ・アップを同時進行させて、ヒール角を一定不変に保つこと。

㋩この動作は至難のワザなので、やはり何百回も何千回も練習が必要である。けれど、春夏など の良い季節の海上では、一生涯かかっても、そんな回数など練習するチャンスがない。だか ら、秋から冬にかけての木枯らしの季節に、大きな川へ入って、近くにピルや橋のある場所へ行けば、1日何回もの強烈なブローが注文通りにきてくれる。とにかく、一瞬の危機の中 で、体重の移動とシート捌きを同時に行ない、しかも1/100 秒以内にヒール角を変えないよ うなコントロールを行うのだから、正に神技というべき名人芸が必要なのだから、これが修得できたら、宮本武蔵のような剣道の達人が「斬るか斬られるかの一瞬」のために、きびし い修業を積んだのと同等の価値があるのだ。

㋥ブローは、図(215 頁)のように風力の増加が急速で、それが急速ならなおさら早く、風力の ピークが来る。その後はすぐに、緩慢な減少が始まる。その減少が半減に達するのと同時に、 緊急リーフィングを行ない、なるべく早く①の定位置に戻ること。なぜそんなに定位置に戻 るのを急ぐのか、それは、猛烈な突風が襲ってくる手順は10~20秒刻みで、しかも、強烈ブ ローが重なるように来て、段々に猛烈になって行くのだが、2~3回に1回ぐらいには、猛烈度倍増の感じで、殺人的なブローが来るから、たとえ前回と同程度のプローが続いても、 これで安定したなどと甘く見るのは禁物だからだ。やはり、「1回ごとに激しくなる」という想定を続行して、リーフを先行すれば、その殺人ブローにも殺されずにすむのだ。

㋭そのように、「突風がエスカレート傾向にあるのか? それともピークに達したのか?」を見極めるには、海の顔色を見ることだ。すなわち、風上方向の水面の色と艶を見ていると、エス カレート期には急速に黒ずんで、粗面になってきて、次には白波が混じり、段々に白部の比率を増す。(その頃には、風速は10~12m/sec になってくる)やがて、風速が15m/sec を超す頃 からは、海上の全面が白くなって、波頭のシブキが霧状のベールになって水面を走るようにな るのだ。そのような海の顔色のパターンは、一度見たら一生涯忘れられないほど凄惨なものだ が、その顔色の変化が、風上方向の海上でエスカレートし続ける限り、風カエスカレートも続 くものと、覚悟する必要がある。だから、セールのリーフをしても、「これでよろしい、などと安心するのは早計で、ブローの始まりから10 秒後には定位置に戻って、次のブローに身構 え、次回のリーフに身構える必要があるのだ。それなのに、もしも、ブローの始まりから10 秒経っても、セールのリーフもやらずに、「愉快愉快!!」などとフル・ハイクを続けていたら、 次のブローでチンして、その後の白い海で犬死にする運命が待っているのだ。だから、どんな に血迷っても、フル・ハイクを10 秒以上も楽しんでいてはイケナイのだ!!

㋬シート類は、ゆるめないのが原則である。理由は、これまでの説明で判るとおり、体重移動と ティラー捌きだけでも手一杯なのに、海の顔色うかがいからセールのリーフまでやるのだから、 まったく手が回らないという言葉どおりなのだ。しかもブローを喰らってから10 秒後には、 またノーマル帆走に戻って艇を加速しておかないと、ここ一番という、喰うか喰われるかの一 瞬に、舵が効かないような鈍速になっていたのでは、ティラーをどんなに素早く操作しても、 フネがついてきてくれない。したがって敗戦となるのだ。だから、シートのアジャストを、ベ ストの位置に定めたらクリートしておく方が良いのだ。 話のついでに、シート・アジャスト の一般的な基本を言おう。ジブ・シートは、タッキングのとき以外には絶対ゆるめてはいけ ない。ナゼならば、ジブの駆動力は、シートを緩めた瞬間から急激にゼロになる。(メインシ ートの場合は、シートを緩めるにしたがって、セールのリーチから徐々に駆動力が落ちていく のだが、それでもマスト寄りのラフ部分は、かなり後まで駆動力を発生し続けている。それと まったく対照的に、ジブシートには、「少しだけ風を逃がす」という手加減がないのだ。ジブ シートの問題点はそれだけではなく、風を逃がす間から手荒いシバーが始まり、セールが風を 孕んだ時よりも裂けやすくなり、ゆだんするとすぐにボロボロの糸になっていく。だからジブで「風を逃がす」という使い力は禁物で、少しでも早期に、降ろして片づけてしまうのが正解 である。
また、もしもメインに裏風が入る場合は、シートを緩めてゴマ化すのでなく、ジブシート・リ ーダーの左右位置を変えるか、補助シートを使うなど、シーティングの位置を直さねばならない。

㋣この項では「強烈なブローを喰らった時から」の話ばかりに終始したが、本当は、長時間帆走を志すほどのセーラーならば、当然、ブローを喰らう1時間も前から、強風作戦は始まって いるに違いない。すなわち---

Ⓐ 気象予測の修業を積んだ人間ならば、前日から強風の襲来は予想できるはずだ。そして、 その日の朝には強風が北西から来るのか? 真北から来るのか? それとも西から来る のか? 大体の予測がつくので、時々はその方向の水平線を見て、「水平線が黒っぽくな る」という兆候に注目するはずだ。しかも、気象予測の確率が90%を超す人ならば、強 風が来るタイミングに、一応の予想もできるはずだ。

Ⓑ さて、予想よりも少し早く、水平線が黒ずんできたら、その早期到着という現象そのもの を、「風速も、予想以上に大きいはず」と読み取る才覚があろはずで、その瞬間からすぐに荒天準備が始まる。

Ⓒ もしも避難港への入港が間に合わないなら、強風と戦う覚悟を決め、空腹ならばメシを喰 い、小便でも喫煙でも、合戦に備えて済ましておく。そしていよいよ、逃げ切れないと決まった時に、ジブは降ろしてしまい込む。(もしも何かの手違いでジブを降ろす的にブロ ーを喰らった時は、その一撃に耐えた直後に、ジブを降ろすのは言うまでもない)その突 風が接近して来る速度を目測して、風速を推定する。(寒冷前線系統の突風ならば、進行速度と風速はイコールなのだ)
乗り組みの全員にライフ・ジャケット着用を命令する。(それは絶対強制の命令である) 推定風速に従ってメインセールをリーフする。その頃には、口の中がカラカラに乾くから 水筒の水を回し飲みする。突風の初期は、風力の割に波は少なく、視界はまだ広いはずだ から、その時期が終わらないうちに、その強風を利用して、避難港ヘー気に駆け込むのは 言うまでもない。・・・もしも、その時期にモタモタして時間を浪費すると、視界は急激に 狭まり、波浪は1分ごと、1秒ごとに高くなって、どう頑張っても逃げられない状況にな るのだ。

以上のような、「チンしない帆走法」は、長時間帆走に必要なだけでなく、以後のディンギー・ クルージングのためには、決定的な武器となる。また将来、本格的な外洋ヨットで、大シケの洋上で戦う時にも、ノックダウンされない帆走法の基本として役立つのである。
それでもなお、レース熱心な人ならば、「そんなに落ち着いて、フル・ハイクせずに乗ってい たら、レースに勝つことなど望めない」と思うに違いない。ところが前号(1月)の記事の後部 に書いたように、この長時間帆走をマスターした時期ならぱ、その帆走センスの威力で、フル・ ハイクなどしなくても、ベテランと同等以上のスピードで走れるのだ。だから、その目標に焦点 を合わせて、少なくとも500 時間の修業中は、「チンしないこと」一本に態度を決めてもらいた い。
(次号に続く)

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