カテゴリー: 坐禅

3月の慈眼院坐禅会

春分点まであと9日、ようやく北半球の春が訪れる。

暖かな慈眼院の本堂に7人が集まった。坐禅の最中に小堀南嶺和尚の一言を思い出す。

「坐禅は死ぬ稽古や。」その時は問い返すこともできなかったが、今になってふと思い当たる。平均寿命まで残りは3000日余り、すると坐禅会に参加できるのはあと100回ほどだ。

大切なこの一回だが、いつの間にか終わってしまった。死ぬ稽古はまだできないが、生きる稽古は続けている。

来月の坐禅会は4月9日に決まった。

自分を知る者はしゃしゃり出ず、自らを愛する者はエラそうにはしない。

慈眼院月例坐禅会

2月5日、参加者は二人だ。外は北西の強風が吹き荒れているが、戸を開け放っていても本堂の中までは吹き込んでこない。

平均寿命まで残りは約3000日、坐禅会はあと100回ほどだ。1日を大切にする他はない。坐禅をしながら考える。

3月の坐禅会は12日となる。

10月の花と墨跡

慈眼院の床に掛かる軸は玉林院洞雲和尚筆、花は籠に入った初秋の残花、小紫と金水引を初めて拝見する。

8月の慈眼院坐禅会

 

8月28日、りんくう花火大会の音を背に受けながら慈眼院本堂で独り坐禅。

自分という存在は、どこまでも天地にただ一人。

自らに由れば、人生は最後まで自分のものにできる。

出典は篠田桃紅著 「103歳になってわかったこと」

 

7月の花と墨蹟 慈眼院

宗全籠に入った夏の花、路地にはギボウシ